地域に根差した、社会を豊かにするものづくり

pioneer plantsのプロダクトデザインをしていただいた株式会社アールピースファクトリーの矢島光(やじまひかる)さんと佳代子さん。‟自然素材をつかった遊びこころある暮らし”をテーマに、茶器をはじめとした暮らしの道具を世の中に送り出しています。

穏やかな空気をまといながら、だけどもどこか凛とした空気も感じる素敵なお二人。今回は、アールピースファクトリーが誕生するまでの経緯や、pioneer plantsの誕生秘話などを伺いました。

 

自分でものを作って、自分で販売するデザイナー

デザイナーの矢島光(やじまひかる)さんは、東京都出身。お父さんは工業デザイナー、お母さんは音楽家という芸術一家に生まれ育ちました。

光さん:「家の敷地内にオフィスがあって。デザインの現場から、実際にものをつくる工房までありました。小さなころからものづくりに触れながら育ってきたので、自然とものづくりに関わる仕事をしたいと思うようになっていました。」

光さんは、大学でデザインを学んだ後、お父さんと同じ工業デザイナーの道に進みます。そして、東京のデザイン会社で数年間働いたあと、デザインの知見を更に深めたいと単身イタリアへ渡りました。

光さん:「働き始めた頃は、デザインからものづくりまでの全てに携わっているデザイナーはほとんどいなくて。企業へ就職し、生涯同じジャンルのデザインをやる、という形が主流の時代でした。だけど、蓮池槙郎さんという方は、自分でブランドを立ち上げて売るということを、イタリアで実現されていて。その仕事とクライアントから受託した仕事を両方するというスタイルが斬新だったので、この人の下で学びたいと思いました。」

蓮池さんは、バッグやアクセサリーのオリジナルブランドをイタリア・ミラノで立ち上げたインダストリアルデザイナーの巨匠。蓮池さんの下でデザインを学んだ後、光さんは独学でかばんをつくり始めます。

光さん:「蓮池さんのもとで学んでいると、何か自分でつくって自分で売ってみたいと改めて思うようになって。そんな時、イタリアの革素材に魅せられて、それを活かしたものづくりをするようになりました。」

日本へ帰国後も光さんは、かばんの生産を続けます。そして、パタンナーとして働いていた佳代子さんと出会い、より一層クリエイションに力を入れていきました。

※パタンナー:デザイナーが作成したデザイン画を元に、実際の形になる型紙を製作する人のこと。

 

目まぐるしくトレンドが変わる、ファッション業界

かばんのオリジナルブランド立ち上げ、デザインからものづくり、販売まで全て携わることになった光さんと佳代子さん。東京で店舗を構え、卸売りの店舗も増えていきました。

佳代子さん:「かばんの素材からオリジナルを作り、刺繍やプリント柄もオリジナルでデザインをして。それで、4~5か月ごとに1コレクションを仕上げて、展示会をやって。そして、バイヤーさんと商談をして、生産後に納品をする。そういうスタイルで長年働いていました。それはもう、本当に忙しい毎日でしたね。」

光さん:「ファッション業界がそもそもそういうサイクルなんです。次から次へと新しい商品が発表されるから、半年たったら価値のないものになってしまう。生み出した商品が半年後にはセール品のように扱われるのは、本当に悲しいですよね。」

目まぐるしくトレンドが変わっていくファッション業界。段々と、そのサイクルに違和感を覚えたという矢島さんご夫妻は、‟いつまでも使い続けられるものづくりをしていきたい”と、方向性をシフト。

株式会社アールピースファクトリーの誕生です。

 

日常に心地よい、ものづくり

光さん:「もともと、信楽焼きをつくっている産地との繫がりがあったので、彼らと一緒に定番性のある日用品、陶器を開発したのが、アールピースの最初のものづくりです。」

信楽焼の茶器は、発売してから10年たった今でも売れ続けています。

日常に心地よいものを提案し続けているアールピースファクトリー。

光さん:「商品を買ってくれたお客さまから、お手紙をいただくこともあります。割れてしまったけど、どうしてもこの茶器を使いたいから修復してほしいとか。そういう言葉をいただくと、本当に嬉しいですね。」

アールピースファクトリーの商品は、お客さんの心地良い暮らしに必要不可欠な生活道具になっていました。

東京を拠点に活動をしていた2人は、5年前に伊那谷へ移住します。

佳代子さん:「移住する前は、仕事への不安や、生活環境が変わることへの恐れがありました。だけど、自然を身近に感じる暮らしができて、更にいい仕事をさせてもらっているので、勇気を出して移住してみて、本当に良かったと思います。」

光さん:「川に落ちている石とか、海に落ちている石とか、森に何気なく生えている植物とか。そういうものって、誰がデザインしたものでもないけど、すごく美しいじゃないですか。自然をお手本にしながら、その美しさに匹敵するものづくりをしたい。移住してから、そういう視点が更に強くなりましたね。」

 

必ずやってくる、3つの壁

アールピースファクトリーへ、pioneer plantsのプロダクトデザインをお願いしたいと話を持って行ったのが、今から約2年前。

光さん:「このお話をいただいたとき、コンセプトやテーマ性、地域性がものすごく整っている、中々ないテーマだなと思いました。自分の中での問題意識とも合致していて。なので、このコンセプトをどれだけ素直に表現できるかに徹しました。デザインをしすぎないというか、木がそこに生えているようなくらいに、自然なデザインを目指しました。」

伊那谷のアカマツを使った家具。このプロジェクトが立ち上がった当初から、‟家の中でも、森の中でも使える軽やかな家具をつくろう”という方向性は決まっていました。しかし、その道のりは、平坦ではありませんでした。試作をしては改善して、試作をしては改善しての繰り返しが続く日々。

光さん:「木の特性を理解するのがとても大変でした。今まで、布や革、陶器や金属を使ったデザインの経験はあるのですが、木を扱うのは初めてで。こんなにも動くのかってびっくりしました。」

特に、イスのデザインが大変だったと2人は言います。人を支える椅子は、しっかりとした強度が必要になります。しかし、木を組み合わせるための金属との相性が良くなく、不安が残っていました。

佳代子さん:「ものづくりに関わっていると、3つくらい壁がやってくるんです。もう絶対に無理って思うような高い壁が必ずやってくる。でも、その物事を色んな角度から見ると、超えられるんです。」

諦めずに、ひたすら木と向き合い続けた結果、段々とその特性が分かってきたという光さん。金属に変わる新しいツールがないかと日々考えていたところ、深夜に突然‟森のロープ”を思いついたそうです。

光さん:「ロープとの出会いは、本当に良かった。木との相性も良かったと思います。」

林業などで使われる‟森のロープ”は、pioneer plantsのブランドアイコンになりました。

 

地域に根差した、社会を豊かにするデザイン

約20年以上に渡ってものづくりの世界に携わってきた2人。これからは、どういったものづくりをしていきたいのか伺いました。

光さん:「pioneer plantsに関わる中で、‟地域性“を活かした仕事が出来たことは、とても良かったです。地域性というのは地方の特徴だと思うし、自分の中でのキーワードでもあります。これからも、伊那谷の産業や素材を活かしたものづくりをやっていきたいですね。」

光さん:「そもそも、工業デザインというのは社会を豊かにするものだと思っています。生活を豊かにするためにあるはずのものづくりが、最近は売り上げをつくるためのものづくりに変わっている気がしていて…。僕たちは、地域にある資源を活かしたものづくりを通して、地域の経済を循環させて、ここの人たちの暮らしに役立っていきたいと考えています。」

佳代子さん:「何かが変わるには5年10年かかると思うんですけど、今はそのスタート地点だと思います。‟森をつくる暮らし”が、この家具を通して広がっていくきっかけになったら嬉しいなと。焦る気持ちもあるけれど、じわじわとゆっくり。長い目でみています。」

長年ものづくりの世界に携わっていた2人。昔に比べると、自由に挑戦できる夢のような時代になったと話します。常に時代の空気感を読みながらものづくりをしてきた2人は、既に次の未来を見据えていました。

 

株式会社アールピースファクトリー
https://arpiece-factory.com/