風景に直接ふれる仕事

NPO法人森の座は、森林整備や大きくなりすぎた住宅地の庭木の伐採、薪の販売など森と木に関わる様々な事業を行なっている団体。

代表の西村智幸さんは、森に入る時はいつも森に感謝してから足を踏み入れる。
それは、森は自分達のものではなく、次世代からの借り物であり、先人達が大切に引き継いできたものだということを知っているからだ。

森のそばに住んでいると、森がある風景は当たり前です。だからこそ木を伐るというのは風景に直接ふれるということ。そういう気持ちで一本一本大切に伐りたい」と西村さんは語る。

 

森との出会い、何も知らなかった山の現状

NPO法人森の座代表を務めている西村智幸さんは、元々林業とは全く関りのない職業に携わっていました。そんな西村さんが山仕事をしたいと思うようになったきっかけは、元信州大学農学部教授である島崎洋路氏の著書「山造り承ります」を読んだことだそうです。その本には、日本の森林の深刻な現状と課題、そしてそれに立ち向かうための具体的な方法などが綴られていました。

伊那谷の美しい景観の象徴と言っても過言ではない「山」。普段何気なく見ていた山が沢山の課題を抱えているという事実、そしてその事実を全く知らなかったことに対して、西村さんはとてもショックを受けたといいます。何か自分にできることはないかと模索していたところ、山仕事の技術を学べるKOA森林塾が伊那谷で開催されている事を知り、2002年秋に3日間の講座へ参加をしました。

「はじめて森へ入って森の仕事に触れた時、楽しすぎて『なんじゃこりゃ!』と思った。本当に衝撃的でした。」と西村さんは笑う。無秩序に木が生えている森を数値化して、森の現状を導き出す手法に驚き感動したそうです。そして、自分が感じた楽しさ、面白さを色んな人に伝えたいという強い思いが芽生えはじめました。

 

山仕事をしたい!

翌年には、山仕事についてもっと深く学ぶためにKOA森林塾通年コースと、県が主催をしている信州きこり講座を掛け持ち参加。その頃の西村さんは、早く山仕事をやりたくてうずうずしていたそうです。そして、友人と一緒に「森林創生ボランティア森守(もりもり)」という任意団体を立ち上げ、地域の人たちに「山持ってないですか?」「山の整備をやらせてください!」と声を掛けて回りました。

その努力が功を奏して、地域の友人から一反歩(約0.1 ha)の山の整備を任せてもらえることに。「ここからすべてが広がっていきましたね。」と話します。森林塾ときこり講座で学んだことを復習するように、山の調査をして、補助金の申請をして、ヒノキ、アカマツをメインに20本ほど伐採をしました。そして、伐採した木は、人力で山から搬出しました。

しかし、その当時は木をどこで買い取ってくれるのかすら知らなかったという西村さん。とある産直市場で薪が販売されているのを見て、これだ!と考えた。チームのメンバーと斧を振り上げ薪を作り、産直市場へ売りに行きました。この頃の西村さんは何かに突き動かされるように、森の魅力にのめり込んでいました。そして、森林の魅力を地域の人に伝えるために、毎年色んな活動を行いました。

2005年11月に任意団体を法人化。森の中で、車座のように、森のことについて語り合う場所になってほしいという願いを込めて「森の座」という名前を付けた。

 

“伊那谷の木を使う”ということ

西村さんは、地域材の普及にも積極的に取り組んでいます。
周りを見渡せばたくさんの木が生えているのに、海外の木が海を渡って長野県の山中で販売されていることにずっと疑問を抱いていた西村さん。自分たちが伐った木を地域で使ってもらえるよう試行錯誤を繰り返し、丸太を製材して、使いやすいように板の状態で販売する形を確立しました。

「やっぱり地元の木が地元で消費されることが環境負荷も少ないし、一番いいと思う。誰の山の木を誰が伐って、誰が使うのかという一連の繫がりを見ることができるのはとても楽しいし、木こりのやりがいに繋がると思う。」

ある時からすっぱりと無くなってしまった、すぐそばにある山の木を使って暮らすという文化。少しずつだけども、その流れを取り戻せつつあるのかなと、嬉しそうに話してくださいました。

 

森と人をつなぐ仕事

NPO法人森の座では、間伐・植林・下草刈りなどといった森林整備事業以外にも薪の販売やチェーンソーレンタル、“薪づくり強化週間”や“窯出し木炭の量り売り会”といった“森と人をつなぐ”ための様々な活動を行っています。

「一度でいいから森に足を運んで、その心地良い空気を感じて欲しい。」と西村さんは言います。森林の中には、鳥がいて、虫がいて、土の中には微生物がいて。森の中に入ると、自然の偉大さと共に人間はちっぽけな存在なんだということをいつも感じるそうです。

「昔は森と人の距離がもっと近かったから、その感覚がきっと当たり前にあったと思うんですよね。」いつまでもこの感覚を持ち続けたいなと噛みしめるように話してくれました。

 

「森林は子孫からの預かりもの」

アメリカ先住民の言葉で、「森林は子孫からの借りものである」という言葉があります。西村さんは、森と関わりはじめた頃にその言葉と出会い、魂が揺さぶられるほど感銘を受けたそうです。それからというもの、その考え方が活動の軸になりました。

先人が、私たち子孫のことを想い、一生懸命育んできた山。それを今、お金にならないから、負担になるからという理由で放棄されている現状に、西村さんは心底心を痛めていました。
「人や土地、森林などの財産を先人が大切に引き継いできたように、自分たちも次の世代へ繋いでいく役割を持っている。森の座として、森林所有者が少しでも胸を張って子孫へ森を受け継いでいくその力になりたい。」と西村さんは力強い目でいいます。

1冊の本との出会いから大きく変わることとなった、西村さんの人生。自分の信念を貫きながら、未来の子供たちのためにと伊那谷の森林を守っているその姿はとても逞しく、まさに森と人を繋ぐ仲介者なのです。

NPO法人森の座
http://r.goope.jp/morinoza